大阪高等裁判所 昭和43年(う)1691号 判決 1969年3月08日
被告人 塩田こと原田汪
主文
原判決を破棄する。
被告人を罰金一〇万円に処する。
右罰金を完納することができないときは金一、〇〇〇円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置する。
理由
本件控訴の趣意は、弁護人速水太郎作成の控訴趣意書に記載のとおりであるからこれを引用する。
控訴趣意第一点について
論旨は要するに、原判決は未現像の八ミリ映画用フイルム二八六本を刑法一七五条の猥せつ図画に該当するとして有罪の判決をしているが、猥せつ図画であるかどうかはそのもの自体によつて判断さるべきものであり、未現像フイルムは高度の技術的操作を経て始めて猥せつ性を顕在するもので、この操作は誰にでも容易にできるものでないから未だ猥せつ図画とはいえず、原判決は事実を誤認したか、刑法一七五条の解釈適用を誤つたものであるというのである。
よつて検討するに、本件未現像のカラーフイルムが、そのままでは、撮影内容を知ることが不可能であつて、それ自体によつてはその猥せつ性を判断できず、技術的操作を経て始めて猥せつ性を顕在するものであり、しかもこの操作は誰にでも容易にできるものでないことは所論のとおりである。しかしながら刑法一七五条が頒布、販売ないし販売目的所持罪の対象としている猥せつの文書、図画其他の物とは、性欲を刺戟しもしくは興奮させまたはこれを満足せしむべき文書、図画其他一切の物品であつて、且つ普通人の正常な性的羞恥心を害し善良な性的道義観念に反するものをいう(昭和三四年一〇月二九日最高裁一小決定、同三二年三月一三日同大法廷決定、大正七年六月一〇日大審院判決参照)のであつて、本条の立法目的が、性行為ないし性器の非公然性の原則をつらぬき、善良な性的道義観念を保護し、猥せつなものが広く社会一般に流布されることによる性道徳の混乱を防止するにある点から考えれば、右の猥せつ性は必ずしもそのもの自体に直接顕在することは必要でなく、要するに文書、図画其他一切の物でこれを猥せつ性が潜在していてその頒布ないし販売に適し、かつ右頒布ないし販売を受けた者において容易にその猥せつ性を顕在化させうるものであれば足りると解すべきである。そして本件のような猥せつフイルムがこれまでも一般に未現像のまま売買されており、本件未現像フイルムも同様の目的で作成(撮影内容自体の猥せつ性については争いがない)所持されていたものであることは立石寿志の司法警察員に対する六月一五日付供述調書により明らかであり、また、本件のような未現像のカラーフイルムは、現像技術そのものの難易はともかくとして、これを取得した者において、フイルム会社指定の現像所に現像を依頼しあるいは原判示の秘密現像所で現像させることなどによりこれに潜在した前記猥せつ性を比較的容易に顕在化することができるものと認められるから、未現像フイルムじたいを原判示のように猥せつ図画とみるか、あるいは図画類似のものないし其他の物とみるかは別としてこれが刑法一七五条にいわゆる猥せつの図画、其他の物に該当することは明らかである。なお、所論は素人の撮影で誤があるかも知れない旨主張するが、原判示主犯立石寿志の司法警察員に対する六月一日付供述調書によれば、現像の結果誤のなかつたことが認められる。その他記録を精査しても、原判決には所論のような事実誤認ないし法律の解釈適用の誤はない。論旨は理由がない。
控訴趣意第二点について
論旨は原判決の量刑不当を主張する。よつて原審で取り調べたすべての証拠に当審における事実取調の結果を参酌して検討するに、被告人は昭和四二年六月二一日(同四三年五月五日確定)神戸地方裁判所で猥せつ図画販売、同販売目的所持罪により懲役四月に処せられたほか同種犯罪による執行猶予付懲役刑二回(昭和三三年及び同三九年)罰金刑一回(昭和三〇年)の各前科を有しながら、さらに本件犯行を重ねるに至つたものであつて、原審が被告人に対し懲役五月に処した量刑もあながち首肯できないわけではない。しかしながらその反面本件は、被告人が原判示立石寿志、片岡品男が原判示猥せつ映画を撮影するにさいし、右立石の懇請により主としてそのモデルとなり、また撮影の一部を担当してこれを助けたもので、被告人はモデル料ないし撮影報酬を受ける約束をしていただけで映画フイルム販売による利益は右立石、片岡の両名で折半することになつていたこと、右立石の懇請を受けたさいも、被告人は当時内縁関係にあつた原田幸子と共に喫茶店を経営するべく住居移転の準備をしていたため一旦はこれを断つたが、再度の頼みにこれを最後とするつもりで引き受けたものであること、被告人は原審の審理中に前記懲役四月の刑の執行を受けると共に本件によつて四〇日余の期間勾留されたことにより漸く犯罪意識に目覚め、原判決後は前記原田幸子とも正式に婚姻し、ラジオ部品の組立工場でまじめに働き更正の意欲を示していること、その他諸般の事情を考慮すると、現在の被告人に対しては懲役刑を科するよりは罰金刑を科するにとどめ右更生の意欲を生かすのが刑政の道にも合致するゆえんであると考えられるから原判決は破棄を免れない。論旨は理由がある。
よつて刑事訴訟法三九七条一、二項、三八一条により原判決を破棄し、同法四〇〇条但書に従い当裁判所においてさらに判決する。
原判決の認定した事実にその掲記にかかる各法条(罰金刑選択)並びに刑法一八条を適用し主文二、三項のとおり判決する。
(裁判官 竹沢喜代治 尾鼻輝次 大政正一)